児童指導員を目指したきっかけと学び|福祉職を選んだ理由とキャリアの転機

私が児童指導員を志した背景
もともと医学部を目指して勉強していましたが、学力面の課題から受験を断念しました。そんなとき、父から福祉系大学を勧められ、オープンキャンパスに参加。先生方から福祉の多様な仕事について説明を受け、もともと「人の役に立つ仕事がしたい」という思いも後押しとなり、福祉の世界で頑張ろうと決意しました。こうして私は福祉大学への進学を選び、児童指導員という進路を具体的に考え始めました。
福祉大学で学んだこと
大学では、支援の対象や視点、実践における姿勢など、福祉職として欠かせない基礎を身につけました。特に印象に残っているポイントは次の通りです。
ライフステージと個別支援の視点
- 人は誕生から人生の終末期まで、各ライフステージごとに多様な課題やニーズがあること。
- 子どもから高齢者まで、一人ひとりの状況に合わせた最適なサービスや支援を設計・提供する個別支援の重要性。
- 本人や家族の思いを尊重し、生活全体を支える「包括的な支援」の視点を持つこと。
利用者との関係性と意思疎通
- 支援員と利用者の信頼関係づくりが支援の土台であること。
- 重度・中度・軽度といった障害特性の理解に基づき、適切な意思疎通の方法(表情・ジェスチャー・視覚的手がかりなど)を選ぶこと。
- 喜怒哀楽の表出や行動の背景にあるニーズを読み取り、安心できる環境と継続的な支援で変化を促すこと。
- 福祉サービスは人の生活を確かに支え、同時に責任と難しさを伴う「専門職の仕事」であること。
社会人としての歩みと、再び児童指導員を目指した理由
大学卒業後、社会福祉士の受験資格取得を目指して通信教育に進みつつ就職活動を行い、アソビゴエの鎌田さんとの出会いをきっかけに、同社での仕事に惹かれました。通所施設のあそライフに関わる中で、無事に社会福祉士の受験資格を取得。その後、利用者さんから放課後等デイサービス(放デイ)を紹介していただき、子どもと関わる現場を経験しました。子どもが好きだったこともあり、放デイの大変さとやりがいを実感し、児童支援の道に強く魅力を感じるようになりました。
一方で、放デイのパート契約終了後は将来への不安からIT業界にも挑戦。エムトーンの研修に参加しましたが、エンジニア職の難しさを痛感しました。そんな折、お花見の場で子どもたちと関わる機会があり、自身が発達障害当事者として中学時代にいじめや仲間外れを経験したこと、放デイでの子どもたちの表情や成長を間近に見た日々を思い出しました。発達障害の子どもたちが抱えるいじめや学習・対人の困りごとに、現場で伴走しながら解決を支えたい――その思いが再燃し、改めて児童指導員を目指す決意を固めました。
児童指導員を目指す人へのメッセージ
児童指導員は、子どもと家族の「暮らし」に深く関わり、成長に寄り添う専門職です。私の経験から、これから目指す方に伝えたいポイントをまとめます。
- 動機を言語化する: なぜ子ども支援なのか、どんな変化を生みたいのかを明確にする。
- 現場に触れる: 放課後等デイサービスや見学・ボランティアを通じ、支援のリアルを知る。
- 学びを継続する: 障害特性、発達、行動支援、家族支援、連携(学校・医療・地域)を体系的に学ぶ。
- 意思疎通の幅を広げる: 視覚支援、環境調整、肯定的な声かけなどのスキルを磨く。
- 自分をケアする: チーム支援やスーパービジョンを活用し、燃え尽き予防と振り返りを習慣化する。
まとめ
医学部志望から進路変更を経て、福祉大学での学びと現場経験に背中を押され、私は児童指導員を目指す道を選び直しました。放課後等デイサービスで感じた大変さもやりがいも、いまの私の原動力です。発達障害を含む多様な子どもたちが、自分らしく安心して学び、暮らせるよう、専門性と実践を積み重ねていきます。
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